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宮島 厳島神社を訪ねた-1

2018.04.02

■プロローグ
久し振りに宮島の厳島神社に。私の家族旅行は小学一年生の時に行った宮島が最初で最後、なんとも懐かしい。宮島口からフェリーに乗り10分程度で大鳥居が見え始め段々と神社の全容が明らかになる。フェリーは2路線あり、JR便が神社の正面を横切るので、より美しさを堪能できるようだ。厳島神社は日本三景のひとつで美の宝庫、自然を取り込んだデザインは世界遺産である。今日は満潮か干潮か?

■厳島神社の景観構成
島に上陸し神社の方向に向かうが、ここでは大鳥居は消えている。参道を進み左に折れると商店が並ぶ門前となり、そこからは五重塔が見え始め、ここでは大鳥居がまだ見えない。門前町を抜け前方の石鳥居に近づくと、その後方に突然大鳥居が出現して五重塔は視界から消える。さらに浜辺に出て左折すると神社の全体が一望、誰もが感激する瞬間である。
この様に厳島神社は大鳥居と五重塔、さらに反対側の山腹にある多宝塔により景観構成されており、注意深く見て考えれば大変多くの発見がある。是非行って実際に確かめ、味わっていただきたい。
図は1968年発行の「日本都市空間」からの引用で序文は丹下健三、若き日の磯崎新たち俊英が執筆している名著、その後これを超えた本が見当たらず必読の書と言える。

■紅葉谷のランドスケープを見る
すっかり厳島神社を堪能した後、もうひとつの目的である裏手の山畔にある紅葉谷を見ることとする。弥山の頂上に続く園路と谷は、明治時代より住民のボランティアで整備が始まり、モミジを多く植えた谷は紅葉谷と呼ばれ親しまれていた。ところが昭和22年9月の枕崎台風で大規模な土石流が発生して、2万?の土砂が巨石と共に堆積し、見る影もない姿となった。その様な状況の下、広島県が昭和23年から3ヶ年にわたって復旧工事を行い、現在の姿を取り戻した。
この工事は単なる復旧ではなく史跡・名勝地の現状を継承し、尚且つ災害を受けない丈夫な工法を選んだ。その方法は現地の材料、特に石材は野面のままとして絶対に割らず、現地のものだけとし樹木は切らず、コンクリートは見せないなど、自然景観との調和を図る計画であった。これには文部省(現:文科省)の文化財専門家や造園の碩学:丹羽鼎三東大名誉教授の指導の元、造園家が参加して自然風渓流工事を進めるなど、一般土木工事とは違う工夫があった。戦後まだ3年しか経ていない、それも原爆のあった広島の間近で、この様な志の高い計画がなされたのは、まさに奇跡と言えるだろう。私達ランドスケープアーキテクトはこの事業を誇りに思い、その後を継がなければならなかったはずだ・・・しかし、今からでも遅くないと気を取り直し、この素晴らしい景観に向かって歩みを進めた。

■流れと石と樹木に包まれた空間
登りスタート地点にある紅葉橋の小さな広場に、宮島で一番古い旅館「岩惣」が建つ。ここは天皇家の方々や文豪:森鴎外、夏目漱石などが宿泊した由緒のある旅館である。橋のたもとでは人々のあゆみが遅くなり、周囲の風情を伺いながら「いよいよ登山だ」という気持ちと「ひと息入れよう」との思いが交差する。
ここで橋のたもとから谷間に下りる園路を用意しているのは休息スペースに誘う周到な準備と読み取れる。橋上から見ると谷の上空は開かれているので気持ち良く上流、下流共に視線が深く風景に入り込む。紅葉谷は東西方向なので、順光、逆光が交互に現れ深い陰影が多様に感じられる。また、みどりに包まれた高欄の赤色は美しく色づき、人の手が感じられる安心感も漂わせている。

戸田 芳樹

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