[本文はここから]

名古屋 白鳥庭園を見る-1

2020.04.25

■プロローグ
今年2月、白鳥庭園において戸田芳樹、野村勘治、吉田昌弘の3人で白鳥庭園のデザインについて語った。それに先立ち私は1月に白鳥庭園を訪れたが、オープン直後に見た時の印象と全く違っていたのには驚いた。

前回は施設ばかりが目立ち石組も多く、表情も過剰で心に染み入る何かが足りなかった事をおぼえている。つまり庭園空間としての設えや、物語を体験するシークエンスが感じられなく、色々なものをただ見せられたという気分だけが残ったのだ。

しかし20年後の今回、庭園の様子がすっかりと変わっていた。これは見る側の私が変わったというよりは、長い時間をかけて庭園が熟成していったのであろう。一般に言うエージングの力だと思うのだが、樹木の成長によりお互いの枝葉がふれ合うように重なり、生物としてあるべき姿に納った空間がとても自然だった。さらに庭園には現代の日本庭園の作庭についての基本的な問いかけも感じた。ここでは庭園巡りの中で発見した読み解きを述べてみたい。

■白鳥庭園の概要
まず白鳥庭園の生い立ちからふれて行きたい。白鳥庭園は1989年名古屋で開かれた世界デザイン博覧会のパビリオンの「日本庭園」として作られた。その後、継続的に整備され1991年に完成。白鳥庭園は東海三県における川や山など、自然を縮景した大規模な廻遊式の庭園(3.7ha)で、山や池を巡りながら楽しく時間を過ごせる公園として作られた。

この庭園はプロポーザルを行い、京都の環境事業研究所:吉村元男氏が最優秀案に選ばれた。吉村氏は大阪万博の跡地の日本庭園も設計したランドスケープアーキテクトで、論客としても知られている。この事業に携わったメンバーの顔ぶれが凄く、数寄屋建築は中村昌生、石組施工は川崎幸次郎監修で佐竹三喜雄が庭師として参加している。

中村昌生(京都)は押しも押されぬ数寄屋建築・茶室の巨匠、川崎幸次郎(京都)は茶室・茶庭の第一人者、佐竹三喜雄(愛知)を知る人は少ないが豪快な石組の作り手として並ぶ者がいない庭師で、大変豪華なメンバーを揃えた。佐竹は今も活動しており、私が以前訪ねた長島温泉の露天風呂の石組では40tもあろうかという大石を見事に組み込み、庭園を越えた大きな自然を作り出していた。その豪腕による石組は一度見たら忘れられない程の強い印象を私に残した。

■白鳥庭園のデザインコンセプト
庭園は中部地方のシンボルである御嶽山を頂点とし、木曽の三川(木曽川、長良川、揖斐川)の風景を表し、最後に伊勢湾に流れ込む「水の物語」をコンセプトとしている。具体的には山中から染み出した水が小さな流れを作り瀧となり、少しずつ大きな流れとなって里を柔らかく通って港に至る、人と自然の営みを多いに感じる庭園として作られた。

■庭園入口のデザイン
庭園南側の正門から入ってみよう。入ると正面に石積と生垣のアイストップがあり、その中心部がスパッと切り取られている。そしてその隙間から園内が少し覗いて見え、視線がそちらに引きつけられる。このデザインには入口部に緊張感を漂わせると共にこれから長く続く生垣に変化をつける効果がある。シャープな仕掛けに出会えば、この先どの様なデザインと遭遇できるのか、楽しみが広がってくるのは当然だ。しかし当事者の話ではこの軸の延長線上にデザイン博のランドマークを見せるスリットだったそうで、意味は分かるが少々拍子抜けした。

■山への入り口のデザイン
この正門から庭園の中心部に向かう園路は直角に2度方向を変えるので、まるで銀閣寺のアプローチ空間を拡大した雰囲気である。園路の両側を生け垣などで塞ぐと、奧にある庭園への期待感がより高まってくる。進行方向左手の大きな斜面はツツジ等の低木で修景、右手は石積した上を高生垣とし、低木で足元を覆った手法は優れた植栽計画といえる。

アプローチの終わりには常緑のアカマツと落葉のケヤキの2本がセットになったアイストップがあり、さわやかな季節感を演出している。さらに金閣寺垣を左から右へ用いて庭園の中心部に向かって視線を誘導した巧みなデザインも見られ楽しみがふくらむ。

中心部に向かう園路の途中から御嶽山へのアプローチが始まる。山の入口はきっちりとデザインしており、この空間を「真・行・草」で整理するならば「真」の設えといえる石垣と石段が待ち構えている。

さらに石段を上りもう少し進むと「草」の風情の入口があり、左右に「あ・うん」の石組が待ち受ける。さらに脇を見ると山にかけ上る勢いを感じさせる龍安寺垣があり、早く山頂を目指せと言われている様だ。静かではあるが動きのある空間を石組、植栽、竹垣で見事に構成している。

■素晴らしい瀧の表情
頂上部を経て下り坂へ入ると先の方に四阿が見え、瀧の音もわずかだが聞こえてくる。この「瀧見四阿」に至り振り返って見ると、そこには想像を超えた巨大な瀧が水しぶきを立てて落水していた。この瀧の大きさは背が高いだけでなく横幅も充分広く、落水を左右に振りながら変化に富んだ景観を作り出している。それを構成している何段にも積み上げられた石の大きさと姿は抜群に素晴らしく、瀧石組の最高峰の事例といえる。

庭園で使われている石は揖斐石を3,000t、木曽石や中津川の石を3,000tも使っているというから驚きだ。中でも川石は河川で採集できる最後の時期で、よくもこれだけの石を集められたものだと感動してしまう程である。

■自然と見まがう渓流の表情
この最高部の瀧は雄瀧と称し、そこから流れ出した水は木々とともに深い渓谷を作り、まるで自然の中にいるように感じられるのは庭師の技が特別だからであろう。下って行くと木橋「木曽橋」があり、そこに立って上流を見ると雄大な流れが間近に迫り息をのむようである。

下流には雌瀧の柔らかい落水が見え、流れも穏やかで石も小振りになってくる。ここも自然の柔らかな風景をそのまま写し取っている様で、自分が庭園に居ることさえ忘れてしまいそうである。

戸田 芳樹

[ここからはカテゴリ内ナビゲーション]

NEWS

  • 株式会社 戸田芳樹風景計画
  • 〒151-0053 東京都渋谷区代々木1-36-1ミユキビル3F  Telephone:03-3320-8601 / Facsimile:03-3320-8610
  • COPYRIGHT © Yoshiki Toda Landscape & Architect Co.,Ltd. All Rights Reserved.