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名古屋 白鳥庭園を見る-2

2020.04.25

■人里のエリアにたどり着く
なおも川に沿って下ると瀟洒な家々が見えてきた。不思議なことに何故か人里に帰ってきた気持ちになり、ほっとひと息つきながら歩を進めた。しばらく歩くと游濱亭(茶屋)に至り、その前に立つとアカマツを左右に植えてフレーミングを作った絶景ポイントに遭遇。池の手前は直線の護岸がシャープなラインを作り出し、その奥に見える木曽川の樹林と御嶽山の針葉樹が奥深い風景をつくり出している。

そこから「中の池」と「下の池」にかけて広々とした水面が見られ、6ヶ所も橋が架けられている。庭園施設の見所は橋とその周辺で、「見ても良し、見られても良し」とその美しさを競っているのが一般的だ。「織田橋、豊臣橋、徳川橋」とユニークな名称であるが意匠との関係はどうなっているのだろうか。他は「くすのき橋、出会橋」と公園らしい名前も入っており、こだわらなくても良いが、どうもちぐはぐ感がある。

「中の池」の護岸等の造形はいかにも大名庭園らしい穏やかで豪気な雰囲気がよく出ているが、上部の滝や流れで見られた自然らしさはなく、いかにも作られた庭園に感じられる。石組も職人的で大人しくなり、作者が違うのではないかと思ってしてしまうほど石組の納まりが良い。

■庭園の中の「汐入の庭」
白鳥庭園で一番不思議な空間は中央にある四角で仕切られた「汐入の庭」である。東海三県の自然を地域の素材として表現した庭園中央の一番大事な場所に、忽然と現れた「汐入の庭」をどう説明すれば良いのだろう。川が流れてその先の海につながり、そこで見られる潮の満ち引きを表現したかったのは理解できるが、そのかたちが問題だ。

なぜ、この大きさで四角形のデザインなのであろうか?海の表現は「中の池」に繋がる「下の池」に作る方法もあっただろう。しかし作者の本音は、庭園中央部の1番目立つ所に「汐入の庭」を作りたかったのではなかろうか。海のシンボル常夜灯を中心の広場に置いたので、海つながりとして「汐の庭」を隣接させたのではないかと私は考えた。

■清羽亭と露地空間
日本庭園に置かれた建物はランドマークとしてあり、建物からの眺めも重要で「見る、見られる」関係を常に持っている。清羽亭は立礼の茶室を含めた書院式の建物で、2棟を渡り廊下で結び、その下を川が流れ、庭園との馴染みはとても美しい。

建物は中村昌生、会心の作でスケールと配置は申し分ない。露地の作庭者は川崎幸次郎晩年の作で枯れた味わいが全体を包んでいる。実際、どの角度から見ても美しく、手練れの術は人々を二人の世界に招きこんでしまう。

露地は庭園の中の庭園として作られ、門と竹垣で領域を作り、そこから飛石を経て待合に、さらに中門を通って内露地へと人々をいざなう。そしてその先には、ぱっと開けた空間を用意しており実際に心も開いてくるようだった。暗から明への展開と庭園本体の奥深い景観がマッチし、先程廻遊したはずの樹木群を別世界から眺める、遊体現象したような不思議な心地にしてくれた。

待合からは重なり合った建物群が見られ、自然地に囲まれながら都会に接した「ひなのみやこ」を体験できる稀有な露地空間が体験できた。

清羽亭は水に浮いている様な建物で、水面や樹木に囲まれて気持ち良くお昼の弁当を食べさせていただいた。

■汐入の庭園と広場と常夜灯
最後に行った常夜灯の広場は庭園のへその様なポイントにあり「清羽亭」の建物群と「汐入の庭園」が左右に見える。両施設は正反対のデザインで個性も強く、同じ視野に入るとどうしても対立してしまう。

広場は海に接した港町の波止場の縮景で直角直線のデザインが潔くて気持ち良い。また広場までのアプローチの並木はアカマツではなくクロマツに移行し、海に近づく風景を表現している。

これらの空間は庭園表現の必然性を具体的に表現しておりレベルの高い空間となっている。白鳥庭園全体は大きなスケールと山や川をメタファーとした高低の変化もあり、細やかな空間ディテールもあふれ、充実した見学で半日を過ごせた。

■エピローグ 白鳥庭園のなぞ
白鳥庭園は全体としてのクオリティを高く感じたが、いくつかの疑問や謎も残った。
謎のひとつは、愛知の自然を表現した庭園であるのに川が南から北に流れており現実と逆転している事をあげたい。これは些細な事ではなく本質的な問題で、コンセプトが「自然のコラージュ」ならそれにできる限り沿うべきである。光で考えれば順光と逆光では見える景色は別物で、滝や流れへの光の当たり方は作者が一番心配りをするところである。さらに地形が北に向かって下っていくのは地元の方々には特に違和感があるだろう。様々な都合によりこの案に落ち着いたのだろうが、なぜそうなったのか知りたい。

二つ目が「汐入の庭」の位置とかたちと材質である。白鳥庭園のクライマックスのひとつは最後に注ぎ込む海の表現で、それを中央に配した気持ちはよく分かる。しかし「汐入の庭」と「港」を一緒にする必要はあったのであろうか。一般的に常夜灯のある港は比較的水深が深く、汐入りは浅瀬にあり自然の世界では隣接していないはずだ。さらに曲線を多用した「汐入の庭」と直線で構成した「港」を隣接したので景観を混乱させてしまった。この正方形の池と三方を囲む壁のデザインを唐突に感じたのは私だけであったのか。打ちっ放しの壁とそのプロポーションはベストのデザインであったのか。また水の高低差を人工的に作るアイディアは面白いが、長年にわたる維持は大丈夫なのか心配は尽きない。

3つ目が「水の物語」の中に「里地」の空間を表現して欲しかった事。山間から急に洗練された建物群が現れるのも少々違和感を感じた。中村氏は素晴らしい建物を残しているが実力者であるが故に、全体の予算に建築の占める割合が多くなる。結果として建物がちの計画となり、豪華な建築配置となってしまった。庭園の建物はもう少し素朴であっても良いのではないかと私は考えるのだが。

いろいろ私なりに感じることを書いたが、やはり白鳥庭園は見るべき庭園のひとつである。平成の始めに日本庭園がこの様に豪華に作れたのは、博覧会というイベントがあったからで、今後ここまで豪華な庭園を作るのは困難であろう。日本庭園を作り出すエネルギーは祝祭性にありと認識させられた事例であった。

戸田 芳樹

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