戸田芳樹風景計画

計画時(1985年~1990年)、日本列島では様々なりゾート、テーマパーク計画が一斉に花開いた時期であった。人口1万人にも足りないひとつの町(修善寺町)が23億円もの工費と、5年の歳月をかけてプロジエクトを完成させた。ランドスケープアーキテクトにとって大プロジェクトを始めから終わりまで、土木、建築の領域まで視野を広げて進めることは理想である。このプロジェクトは様々な領域の専門家の助けを借りながら、いくつかの幸運に恵まれた結果、40haの大規模テーマパークとして完成した。
園内はゆっくりと廻れば2時間程の廻遊ルートが、町と関連のあるテーマで利用者を導いている。入口の尾根部から谷戸部に至るエリアはイギリスとカナダの街なみを作り、小さな蒸気機関車による鉄道で結んだ。谷部には調整池を活用した日本庭園を設け、周囲にショウブ、ユリ、シャクナゲの群植を配し、季節毎の集客に寄与している。手づくり工芸のエリアには、アーティストの仕事場として利用者に紹介すると同時に参加も可能としている。そして最後には階段を登り出発点に帰るルートが一般コースといえる。
自然の地形、植生の摂理に従い、人間の営為を実現したこの体験が後年、愛・地球博(2005年)のランドスケープディレクターとしての成果を引き出す経験となった。
計画時(1985年~1990年)、日本列島では様々なりゾート、テーマパーク計画が一斉に花開いた時期であった。人口1万人にも足りないひとつの町(修善寺町)が23億円もの工費と、5年の歳月をかけてプロジエクトを完成させた。ランドスケープアーキテクトにとって大プロジェクトを始めから終わりまで、土木、建築の領域まで視野を広げて進めることは理想である。このプロジェクトは様々な領域の専門家の助けを借りながら、いくつかの幸運に恵まれた結果、40haの大規模テーマパークとして完成した。
園内はゆっくりと廻れば2時間程の廻遊ルートが、町と関連のあるテーマで利用者を導いている。入口の尾根部から谷戸部に至るエリアはイギリスとカナダの街なみを作り、小さな蒸気機関車による鉄道で結んだ。谷部には調整池を活用した日本庭園を設け、周囲にショウブ、ユリ、シャクナゲの群植を配し、季節毎の集客に寄与している。手づくり工芸のエリアには、アーティストの仕事場として利用者に紹介すると同時に参加も可能としている。そして最後には階段を登り出発点に帰るルートが一般コースといえる。
自然の地形、植生の摂理に従い、人間の営為を実現したこの体験が後年、愛・地球博(2005年)のランドスケープディレクターとしての成果を引き出す経験となった。









静岡県
修善寺町
Syuzenji-cho, Sizuoka
1990.3
40.0ha