他
2024/8/30
実体の美と状況の美
アメリカの大学の授業で、「世界一美しい動物は何か?」という質問を出したところ、学生からライオン、キリン、クジャクなどの具体的な動物の名前が出てきたと本で読んだことがあった。問いの「美しい」とは何を指すのか、少々難しい質問だが日本の学生に同じことを聞くと、まったく違う視点から答えが出てきた。その答えは「夕日を背に飛び去る雁の姿」とか「雪景色の中で舞う二羽の鶴」など、舞台設定されたような印象深い風景と共にある動物の姿を指したものだった。
日本人が「美しい」と感じるのは動物そのものだけでなく、それが存在する空間の美しさが大きな要素であることが分かった。このことを言葉で表現すると「実体の美と状況の美」ということが相応しいだろう。これは命ある動物が自然の様々な状況の中で生き抜く姿であり、それを日本の学生たちは「美しい」と感じたからそう答えたのだろう。
このエピソードはランドスケープアーキテクトの私にとって、大変示唆に富む内容であった。私は以前から、日本人が美を感じる美の基層は、この「状況の美」にあるのではないかと考えていた。これを機会に日本人の「美の基層」について想いを巡らしてみたい。
日本の国土は面積に比較して長い緯度に分布している。さらに地形の高低差も大きく、地域毎の気候の変化も大きい。この多様性に富んだ日本では年間を通して四季があり、もっと細かく12ヶ月の和風名月、さらに24節気、72候ときめ細かく構成されている。これに合わせた年間の行事が行われ、各地で独自の文化がつくられた。各地の美しい風景を基盤とした上に文化や生きものの行動が重なり、前述の学生たちの答えにつながったのであろう。
日本人は自らの原風景を導き出すときに「八景」という言葉をよく使う。これは中国の瀟湘八景(しょうそうはっけい)になぞらえたもので、「近江八景」などが有名である。これは琵琶湖を中心とした美しい風景を表したもので「石山秋月」「瀬田夕照」「粟津晴嵐」「矢橋帰帆」「三井の晩鐘」「唐崎夜雨」「堅田落雁」「比良暮雪」の八景である。これらは最初の2語が場所を指し、後の2語は自然現象や人の営みを表している。そこには圧倒的に自然の表現が五感を通して感じられる。浮世絵も同じで東海道五十三次では、場所を設定して自然と人の行為をテーマに風景を描いている。
ここにも「場所と自然現象」が対になっており、古からの日本の美学「あ・うん」が見られる。これは神社で見られる狛犬などで表現されており、日本庭園でも「鶴と亀の石組」が対の表現をしている。西洋の対は対象形だが、日本の場合は形の対象だけでなく、自然や人の行為の変化も重ねているのがおもしろい。
最近はあまり流行らなくなったが、花札でもそれらの表現が見られる。「猪・鹿・蝶」は有名な札であるが、各々植物が対になっている。猪には萩を、鹿には紅葉を、蝶には牡丹を対とし、リズム良くまとめられている。八景や花札と縁が薄いであろう学生たちの深層心理にも「状況の美」が残っているのは、何万年も続いた日本の風土、つまり縄文時代の名残なのではないだろうか。
戸田 芳樹

近江八景(歌川広重)

尾道市浄土寺の「あ・うん」の獅子

猪鹿蝶(花札:翁かるた本舗)









