他
2024/2/18
小澤征爾さんの訃報に接して
小澤征爾さんが今年2月6日に亡くなった。昨年の「セイジ・オザワ松本フェスティバル」での「スターウォーズ」で有名な盟友ジョン・ウィリアムズ氏の演奏会に駆けつけた姿が私にとって見納めであった。
NHKが追悼番組を流し、2002年毎年恒例のウィーンでの「ニューイヤーコンサート」が取り上げられ、小澤氏が登場した。彼はこの年からウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任が決まっており、出演は当然のように受け止めたが、次のコンサートの指名はなく、一回限りの演奏会であった。このCDは日本でもベストセラーになるほどの人気で、今回NHKが取り上げてくれて嬉しく思った。
久し振りに映像を見たが、壮年期の小澤が切れ味鋭く音楽に迫る演奏に度肝を抜かれた。ワルツはこんなに凄かったのか!演奏後半の「美しき青きドナウ」、「ラデッキー行進曲」では、ゆったりとしたテンポでローカルな雰囲気が漂い、楽団も聴衆もウィーンの「おらが音楽」を味わっているのが伝わってきた。
しかし、その前に演奏したポルカなどは、ベートーベンが作曲した交響曲の第三楽章によく使われ、スピード感溢れるスケルツォのような、強くたくましい音楽が続いた。ほとんどの楽員がオーストリア出身のウィーンフィルハーモニーにとって、J.シュトラウスのワルツはお手のもので、ゆったり楽しむ音楽だが彼の指揮は別物に聴こえた。
しかし、さすがはプロ、小澤が指揮する素晴らしい音楽を吸収し、興が乗った楽員の演奏はスイスイ進むのだが、何だか居心地が悪そうだ。テンポに狂いはないし、ハーモニーも音量も最適、音楽的に素晴らしいが、このポルカは私たちのものとはちょっと違う。こんなに透明でツルツル、ピカピカした音楽でなく、もっとひなびているのがポルカなのに……。
この様な恐れを楽員が抱いたため、「ニューイヤーコンサート」から次の声が掛からなかったのではないだろうかと、推測する私論はいかがであろうか。
クラシック音楽がヨーロッパの一部において200年ほどしか伝統がないのに、なぜ世界中に広がったのだろうか。ローカルな音楽が広まったことはその音楽に普遍性があったことと、柔軟な受け手が存在したからであろう。その受け手の代表が小澤であり、日本やアジアの演奏家たちであった。彼が去り、西洋と対峙できるカリスマの存在がいなくなった今、ひとつの歴史が終わったと感じられる。
その小澤征爾さんに電車で遭遇し、30分間もお話しをしたことがあった。声を掛けると気楽に話してくれて次々と言葉が溢れる。横に座って音楽の話しを本人から聞く、まさに至福の時間を過ごした。音楽好きの私にとって一生の宝物といえる出会いであった。

ニューイヤーコンサートを開催するウィーン楽友協会ホール

ウィーン楽友協会ホールの内部

J.シュトラウス像のある公園












